当社の最初の社名は安渓茶工場です。その工場は1952年に創立してから今までもう50年ほどの歴史があります、その期間に、何度も場所を移転されて、何度も変革されたことによって、工場は何も持ってないから少しずつ増えてきって、規模は小さいのから段々大きくなってきました、今もまだ引続いて発展していきます。
·1952年4月、安渓県西坪町安美寺で中国茶葉公司福建支社に創立されてから、もう半世紀ほども経ちました。
·1953年1月、工場は安渓県官橋町江蘇ビルに移転しました。1951年8月まだ西坪町に移転して、社名を『漳州(安渓) 茶工場』と変更されました。
·1955年9月に社名はまだもとの『安渓茶工場』と改められました、その時に工場は中国茶葉輸出入公司に属しました。
·1957年10月に、中国購買販売協同組合の許可を得て、省の購買販売協同組合から60万元を投資して頂いて、安渓官橋町五里埔で年に1500トンくらいの加工能力を達することができる工場の新しい建物を建てることを決めました。
·1958年10月落成しました、工場は西坪から今の場所に移転してきました。それから一部の工程は機械設備を利用して加工することができるようになりました。
·1968年9月、中国の『文化改革』時期に安渓茶工場で革命委員会を成立されました、1971年1月、安渓茶工場という国営工場の経営権利は県に委ねられました、それで県の工業局に属しました。
·1972年7月、『中国共産党安渓茶工場支部委員会』は『中国共産党安渓茶工場本支部委員会』に昇格された。
·1980年5月に安渓茶工場は『安渓県茶葉小包装加工工場』(県に属した) を建設しました 、年に加工能力は約500トンヲ持っていました。8月、国家商工行政管理局の許可を得て、『鳳山』を製品の商標として登録しました。
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·1986年、技術を改良するように326万元を投資してから、その時の年に加工能力は2500トンから5000トンに躍進しました。そのなかの80%の製品は海外向けに輸出しました。
·1987年2月、県人民政府は県茶葉公司に属した18軒の茶葉買付けセンターと4軒のその支所を当時の安渓茶工場に編入したことを決めた。それから安渓茶工場は原料購買、加工、販売を一貫運用した工場になりました。
·1990年、安渓茶工場はインスタントウーロン茶の作業場を建てるように投資しました。その作業場は年に15トン生産能力を持っていました。
·1993年9月、『中国共産党安渓茶工場本支部委員会』に『中国共産党安渓茶工場委員会』に昇格されました。
·1993年12月、安渓茶工場はアモイ茶葉輸出入公司と県茶葉公司と資本を出し合って『安渓天然飲料公司』と言う合弁会社を創立して、年に生産能力は3000トンに達した生産ライン設備を導入しました、それに鉄観音の缶いり飲料を研究して生産することに成功を収めました。
·1996年12月 、国家対外経済貿易部に許可されて、輸出入を自営する権利を獲得しました、全国のウーロン茶業界で唯一の輸出入を自営する権利を持っている生産企業です。同年4月、福建省対外経済貿易委員会に年に1000トンの割り当て額を配って頂いた。8月間の努力によって、始めての1000トンの目標額は全て輸出しました。2001年まで、ウーロン茶の輸出した数量は一躍トップ フオアに達しました。
·2000年10月に、国家農業部などの八つの国家レベルの部に農業産業化国家重点リーダ企業と査定されました。
·2000年11月に、県人民政府に許可されて、『安渓茶工場』を社名が『福建省安渓茶工場有限公司』という公司制度に変更しました。その上、『福建省安渓茶工場有限公司』を核心企業として福建省安渓鉄観音集団を組織しました。
·2006年7月に《安渓県人民政府は福建省安渓茶工場有限公司の全ての株を譲ることを認め、福建省安渓鉄観音集団有限公司と言う社名を使用することについての返答》(安証総『2006』168号) という公文書によって、遠太集団(福建) 有限公司は福建省安渓茶工場有限公司、福建省安渓鉄観音集団を全資金で買い上げてもらいました。 |